ラテン語で「周囲を(壁で)囲われたところ」。壁で囲われたとは、そこには意図、つまり持ち主が存在します。その持ち主とは、神様。そう、パラダイスの語源です。N先生の解釈によれば、そこには3つの条件が。(1)周囲が囲まれている (2)持ち主がいる (3)持ち主の思い通りになっている そういえば、エデンの園でもすべての動植物が(持ち主=神様が意図した通り)生き生きと暮らしていました。「園」という字、なんだか四角く囲われています。その中には、冠(=土)をかぶり「衣」をまとった人がいるように見えます。そうか、幼稚「園」も動物「園」も、ホントはその中にいる子供や動物が生き生きとしていなければいけないのね。土曜日は、(短大の)卒業生を対象にした年に2回行われるN先生の講義の日でした。けれど、事情あって、この日は約1年ぶりの講義。「パエリ・ダ・エサ」はおしゃべり好きなN先生お得意の横道話。N先生は、短大時代のキリスト教概論の先生であり、私のアイドルでした(^-^)。浅黒い肌にセミロング・ワンレングスの黒髪、鋭い眼光とがっしりとしながら、しなやかな佇まいは、まさに羽根飾りをまとい馬にまたがるネイティブ・アメリカン(インディアン)を彷彿とさせました。私は大した内容もない質問を携えては「先生、質問が!」と言っては追っかけ回していました(笑!)。当時、「ボクはキミたちとは親子ほど歳が違うんだよ」って言われてもピンときませんでしたが、そうか、今思えば、現在の私がアヤヤのお母さんと同い年(!)ってことと同じか。さて、日曜日の夜は、たまたま久しぶりに情熱大陸(TBS 23:00)を途中から見ました。倖田来未さんでした。今でこそ大ブレークしていますが、デビュー当時は泣かず飛ばず。当時のエピソードとして、太りやすい体質と十人並みの顔立ちというのがありました。確かに。渋谷ですれ違っても、私は彼女を認識できない自信があります。メイクやマニキュアや髪の色や服装を派手にすればするほど、なぜかそれとは反比例に個性がどんどん減少していって、渋谷の109周辺に集う人々の中に埋没していくように思えます。けれど、そんなクーちゃんのライブ風景を見て驚きました。もの凄いオーラを全身から発しています。あぁ、この人にはカリスマがある、この平凡な外見こそは、タレントだ、と思いました。カリスマもタレントもキリスト教から出た言葉、つまり(人間の側の価値に何らよらず)神様からの賜り物という意味です。(正確には、教会に奉仕するために特別に与えられた賜り物だそうですが。ということは、カリスマ美容師は誤用というわけですね(笑)。)彼女は、その平凡な外見ゆえに努力をし、溢れんばかりのエネルギーによって与えられたタレントをまっとうしているのだなぁということを、ぼーっとテレビを眺めながら感じた夜でした。ハレルーヤ!
*N先生=野村祐之先生
http://www.seinan-gu.ac.jp/rad/mess050531.html